親の介護が始まると、多くの家庭で「この費用は、いったい誰がどう払うのか」という問題が持ち上がります。近くに住む子が立て替え続けている、兄弟の間で負担の感じ方に差がある、そもそも親のお金にどこまで手をつけていいのか分からない——こうした悩みは珍しいものではありません。

この記事では、介護費用の負担について、法令と公的な調査データをもとに考え方を整理します。金額の正解を示すものではなく、家族で話し合うときの土台としてお読みください。

まず原則:介護費用は「親のお金から払う」

介護保険サービスの自己負担分も、施設に入る場合の費用も、まずは本人(親)の年金や預貯金から支払うのが基本的な考え方です。介護は本人のために行うものであり、その費用も本人の資産でまかなうのが出発点になります。

費用の規模感を、一つの調査で確認しておきます。生命保険文化センターの「2024(令和6)年度 生命保険に関する全国実態調査」(過去3年間に介護経験がある2人以上世帯が対象)によると、住宅改修や介護用ベッドの購入などの一時的な費用は平均47.2万円、月々の費用は平均9.0万円となっています。介護を行った場所別の月額は、在宅が平均5.3万円、施設が平均13.8万円です。また、介護を行った期間は平均55.0カ月(4年7カ月)でした。

これらはあくまで平均で、実際の負担は要介護度・介護の場所・期間によって大きく変わります。数字そのものより、「まとまった額が、数年単位で続きうる」という規模感の把握が役立ちます。

兄弟で分担するときの考え方と、揉めやすいところ

子や兄弟姉妹には、法律上の扶養義務があります。民法第877条は「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある」と定めています。

ただし、親や兄弟姉妹に対する扶養は「生活扶助義務」とされ、自分の生活を維持したうえで、なお余力のある範囲で援助する義務と解されています。自分の生活を切り詰めてまで負担しなければならない、という性質のものではありません。

誰がいくら負担するかは、法律で一律には決まっていません。扶養の程度や順位は当事者の協議で決めるのが原則で、話し合いがまとまらない場合は家庭裁判所が定めることになります(民法第878条・第879条)。

揉めやすいのは、「お金の負担」と「手間の負担」のバランスです。同居や近居の子に介護の実務が偏り、遠方の兄弟が費用だけを分担する——あるいはその逆——といったとき、不公平感が生まれやすくなります。

対策の一つが、立て替えの記録を残すことです。親のためにいくら支出したかを領収書や出金記録で残しておくと、後の話し合いや相続の際の整理がしやすくなります。立て替えが相続時にどう扱われるか(寄与分や特別受益といった論点)は個別性が高いため、必要に応じて専門家に確認してください。

見落とされがちな壁:親が認知症になると、親の口座が使えなくなることがある

費用の話し合い以前に、多くの家庭が直面してから気づくのが「親の口座からお金を出せなくなる」という問題です。

認知症と診断されただけで、すぐに口座が使えなくなるわけではありません。金融機関が、本人の判断能力が低下していると把握したとき、本人の財産を守るために取引を制限することがあります。これが一般に「口座凍結」と呼ばれるものです。法律で凍結が定められているわけではなく、金融機関による本人保護の措置です。

いったんこの状態になると、本人はもちろん、家族であっても預金の引き出しや定期預金の解約が原則できなくなります。預金は名義人本人の財産であり、本人の意思が確認できない以上、子であっても自由に動かすことは認められないためです。介護費用や施設入居費用の支払い、不動産の売却などに支障が出ることがあります。

こうした場合の正式な対応は、後述する成年後見制度の利用が原則です。なお、全国銀行協会は2021年2月に「金融取引の代理等に関する考え方」を公表し、成年後見の手続きが完了するまでの間などにやむを得ず取引を行う場合は、本人のための費用の支払いであることを確認したうえで対応することが望ましい、との考え方を示しています。ただしこれは各金融機関が一律に対応するものではなく、実際の取り扱いは金融機関によって異なります。

備えの選択肢を、中立に整理する

親の判断能力が保たれているうちであれば、選べる備えがいくつかあります。それぞれ目的も費用のかかり方も異なるため、性格を並べて確認します。

1. 日常的な範囲の代理(代理人カードなど)

金融機関の代理人カードや代理人届などを使い、日常的な範囲で家族が入出金を行う方法です。手続きは比較的簡単ですが、対応できるのは日常的・少額の範囲にとどまり、本人の判断能力が大きく低下した後は使えなくなることがあります。

2. 成年後見制度(法定後見・任意後見)

判断能力が不十分な人を支援し、財産管理や契約を代わりに行う公的な制度です。最高裁判所の集計では、2025年(令和7年)末時点の利用者数は約26万人で、開始の原因としては認知症が最も多くなっています。制度は大きく二つに分かれます。

法定後見は、判断能力が低下した「後」に、家庭裁判所が後見人などを選任する仕組みです。本人の状態に応じて後見・保佐・補助の3類型があります。判断能力が下がってしまった後でも利用できるのが特徴ですが、家庭裁判所が専門職(司法書士・弁護士など)を選任した場合は継続的な報酬が発生します。また、後見人が管理する財産は本人のための維持・保護が基本で、積極的な運用や組み替えはしにくい仕組みです。

任意後見は、本人に判断能力があるうちに、将来支援してもらう人(任意後見人)を自分で選び、公正証書で契約しておく制度です。判断能力が低下した後、家庭裁判所が任意後見監督人を選任して初めて効力が生じます。誰に何を任せるかを本人が決められる点と、介護サービスの契約など身上に関する手続き(身上監護)も対象にできる点が特徴です。

3. 家族信託(民事信託)

信託法に基づく仕組みで、本人(委託者)が元気なうちに、信頼する家族(受託者)に財産の管理・処分を託す契約を結んでおくものです。契約を結んでおけば、本人の判断能力が低下した後も、受託者が契約の内容に沿って預金の管理や不動産の売却などを行えます。

一方で、介護や医療の契約手続きといった身上監護は家族信託の対象外です。また、契約の設計、公正証書の作成、不動産があれば登記など、初めにまとまった費用がかかります。

どの方法が向くかは、家族構成・財産の内容・何に備えたいかによって変わります。家族信託で柔軟な財産管理を確保しつつ、身上監護は任意後見で補うといった併用も選択肢になります。いずれも仕組みが複雑で費用も個別性が高いため、制度の選択や具体的な費用については、司法書士・弁護士などの専門家にご確認ください。

まとめ:元気なうちに、一度話しておく

介護費用は、まず親のお金から払うのが原則で、兄弟の分担は法律で一律に決まっているわけではなく、当事者の協議が基本です。負担の不公平感を避けるために、立て替えの記録を残しておくことが役立ちます。

そして忘れられがちなのが、判断能力があるうちにしか選べない備え(任意後見・家族信託など)があるという点です。親が元気なうちに、費用やお金の管理について家族で一度話しておくことが、いざというときの選択肢を広げます。

何がわが家に向くのかは、家庭ごとの事情によって大きく異なります。制度の内容や費用の詳細、個別の進め方については、司法書士・弁護士などの専門家にご相談ください。

出典

  • 民法 第877条〜第879条(e-Gov法令検索)
  • 信託法(e-Gov法令検索)
  • 最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況 ―令和7年1月~12月―」
  • 全国銀行協会「金融取引の代理等に関する考え方および銀行と地方公共団体・社会福祉関係機関等との連携強化に関する考え方について」(2021年2月18日)
  • 生命保険文化センター「2024(令和6)年度 生命保険に関する全国実態調査」

※本記事は制度・公的データの一般的な整理であり、法的な助言ではありません。個別の事情については専門家(司法書士・弁護士等)にご確認ください。